蒼井波恵の人生イロイロブログ

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母を自宅で看取ったこと11

会いたい人

「今は、まだお話もできるから お母さんが 会いたい人がいたら、

今のうちに 会わせてあげた方が いいかもしれない」

そんなドラマで聞いたことがあるようなセリフを

大林さんが言い残して帰られました。


母は、5人兄弟の2番めです。

1番上が長女の祥子おばさん。

2番めが次女の母。

3番めは三女の友子おばさん。

友子おばさんは、数年前に胆管ガンで亡くなりました。

4番めは四女の千恵子おばさん。

千恵子おばさんはここからは遠い九州に住んでいます。

5番めが唯一の男子、長男の孝おじさん。

この兄弟構成をみると、きっと男の子がほしかったんだなあって 想像しちゃいます。

 

やっぱり兄弟には ちゃんと知らせないと…

 

長女の祥子おばさんの落胆ぶりは、私も また悲しみが増しました。

祥子おばさんと母は 兄弟の中でも 特に仲良し姉妹でした。

私も小さいときから、祥子おばさんの家に泊まりに行ったり、

よく一緒に 旅行も 行きました。

 

祥子おばさんには、子どもが2人います。

私より年上の お兄さんとお姉さん (あ、おじさん?おばさん?) ですが、

2人には 子ども がいないので、

祥子おばさんは うちの大輔や萌や翔を 孫のように 可愛がってくれました。

翔が 生まれた時には、泊まり込みで 助けに来てくれました。

 

祥子おばさんは 母のことを知らせると

すぐに 泊まり込みで 助けに来てくれました。

 

母は 祥子おばさんに あった時、

顔をくしゃくしゃにして

目を閉じ

涙をひとすじ流しました。

最期に会えてよかった…

 

祥子おばさんが来てくれているときに

大林さんが 訪問看護に やって来て、

立って歩いている祥子おばさんを見て

腰を抜かしそうになりました。

母と間違えたのです。

可笑しくて、みんなで大笑い しました。

 

孝おじさんにとっては、

うちの母は 母親みたいな存在でした。

ひとまわり近く 離れていて

困ったときには 母を慕ってきていました。

 

昔 まだ私が小さかった頃

孝おじさんは 少しヤンチャをしていたので

警察から 連絡があって

母が 飛んで行ったり したことも ありました。

 

孝おじさんの名誉のために

言っておかなくては…

今は すっかり 優しい おじさんです。

 

孝おじさんも もちろん 母に会いに来てくれました。

でも、母が まだ病気のことを 知らないと わかると

めちゃくちゃ 空元気を出して 明るく振る舞ってくれました。

 

突然 そんなに しょっちゅう行ったら、

母が 変に思うと いけないと…

毎日 家の前まで 来ては

外から 4階の 部屋を見上げていたそうです。

 

ね、優しい おじさん でしょ。

 

 千恵子おばさんは、遠くの九州に住んでいる上に

病気を患っていて、透析をしています。

それでも この日なら 透析を お休みして 一泊だけ出来ると

予定を組んでくれていました。

 

でも 残念なことに 

その日は 母が亡くなった翌日でした。

 

母の なきがらと 一晩を共にして

翌日 母を家から 葬儀場に送り出して

九州に帰って行きました。

 

母が会いたかった人は 他にも いたかしら?

高校時代から ずっと仲良くしている 友達や

私の 同級生の お母さんとも 一緒に 旅行に行ったりしてたっけ。

会わせてあげられなくて ごめんなさい。

 

でも きっと 母が 一番会いたかったのは

亡くなった父だったかもしれません。

 

母の 介護用ベッドを 設置するときに

父の 仏壇を 移動させたのですが、

その上には  母が 父の遺影を飾っていました。

 

母は よく その飾ってあった方を ジッと見つめていました。

私は ある時、母は 何を見ているのだろうと不思議に思い

そのことに ハッと気づきました。

母の見つめる目線の方に 父の遺影を 飾りなおしました。

 

また2人は会って、一緒にいるのかな?

 

明日5月11日は、1年目の母の 命日です。

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