蒼井波恵の人生イロイロブログ

お金のこと 子どものこと 介護のこと 離婚のこと 人生イロイロありますが・・・為せばなる 明日に向かって奮闘中!

母を自宅で看取ったこと12

明日がある

父と母は 職場恋愛で結婚しました。

 

でも 父の大学と母の高校は 隣同士にあったので

3歳違いの2人は、きっと出逢う前から すれ違っていたかもしれません。

なーんて ロマンチックなことを 考えてしまうのは、私だけでしょうか?

 

でも 出逢いって 本当に 運命的なものだと 思いませんか?

 

その時 出逢うべき人に 期せずして 出逢う。

それって 偶然であって 実は 偶然ではない!

 

このところ 私は つくづく感じています。

この人と 出逢わなかったら、今 こうなっていなかった…って ことないですか?

 

いいことも 悪いことも 全部ふくめて…

たくさんの 出逢いに 感謝。

これからも 出逢いを大切にしていきたいです。

 

話は戻りますが…

 

父は 母子家庭でした。

大学は もちろん奨学金で通い、

大学時代の アルバイト先で 見込まれて

そのまま その会社に 就職しました。

そこで 母と 出逢いました。

 

母は 結婚後は 仕事を辞めて、専業主婦に なりました。

そして 姉 麻美と 私 波恵の 2人の子宝?にめぐまれました。

 

父の会社は、その後 業績が上がらず 倒産しました。

なので 父のお給料は、あまりよくなかったようです。

その上 母と結婚後も ずっと奨学金の返済も しなくてはならず、

とっても貧乏暮らしをしていました。

 

幼いころの主食は 袋ラーメン (乾麺の5袋入りで売ってるのです)でした。

もやしやキャベツをいっぱい入れて、かさましして

ひき肉を少し入れると 肉の風味がでます。

 

私は母の作る このラーメンが大好きでした。

 

f:id:namie-aoi:20190516104357j:plain

 

日曜日の夜のご馳走といえば、

手羽先の唐揚げ!

今は 手羽先も そんなに安く感じませんが、

当時は きっと安かったんでしょうね。

手羽先を醤油とお酒 生姜汁につけ込んで

片栗粉をまぶして カリカリに揚げるだけですが

これが また美味しかった!

 

サザエさんを 見ながら、みんなで食べるのが 

家の定番でした。

 

あ、そうそう

家には 父母 姉 私の4人の他に もう一人

 

父の母

私にとっては 祖母ですが、

大正生まれの ウメばあちゃん。

 

これまた 癖が強い人でした。

大好きな 自慢の息子を 取られた腹いせに

よく嫁いびりを していました 笑笑

 

貧乏なくせに お酒が大好きな ウメばあちゃんと父。

2人で 毎日 ビールジョッキのようなコップに

ウイスキーの水割りをなみなみついで晩酌していました。

 

今考えると

酒代 節約して、もっと食事を充実させろ〜

って 思います 笑

 

幼いころ 貧乏だったので

私は 貧乏に免疫ができているなと 今 つくづく思います。

 

貧乏だけど、明日はくるし…

明日は また いいことが あるかもしれない。

何とかなるさ!

明日があるさ

 

昭和の時代は みんなそうだったのかな?

いやいや 昭和時代にも お金持ちは いましたね。

 

半世紀を生き抜いてきたので、

もう少し ちゃんとしなくては…