蒼井波恵の人生イロイロブログ

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母を自宅で看取ったこと14

大事件 

 母にガンの告知をするにあたっては、

ガンの確定診断をした大学病院との連携をとって きちんと状態を確認してからでないと できないとのことで

小俣先生は、「少し時間をください」と仰りました。

 

母の 容態は相変わらずでしたが、

小俣先生に おまかせして 待つしかありません。

 

この頃、私はよく古い写真を引っ張り出しては

昔の写真を 母に見せて、話しかけていました。

 

母は 目を開けて、

見えているのかは よくわかりませんでしたが…

何も言わず しばらく写真をじっと見つめると

また 目を閉じます。

 

本当は、うるさいなー 苦しいんだから

ほっといてって言いたかったかもしれませんね。

 

昔の写真を見ていると 懐かしくて 何だか胸がキュンとしました…

 

私たち家族は 工業地帯に 隣接した街で暮らしていました。

小学生のときは、よく光化学スモッグ警報が出て

街に 警報のサイレンが響きわたり

そんな時は、「校庭に出てはいけない、早く教室に入りなさい」と 先生に注意されました。

 

ドッジボールが大好きだった私は 

光化学スモッグめ〜!

サイレンが大嫌いでした。

 

でも 教室に入ると、教室からは 遠くに海が見えて

その美しい景色が 大好きでした。

 

その地域は埋め立て地帯でした。

授業で 昔の地形図を見ると、ここは海だったのに

今は地面があって、家が建っていて…

どんだけ土があれば 海が地面に変わるんだろう?

不思議でなりませんでした。

 

今でも 不思議は続いていますが 笑

埋め立てるだけでなく

海の中にトンネルを掘って、道路を作ったり…

人間って 本当に すごい!大胆ですよね!

大胆すぎて 怖くなります。

 

駅の向こう側は 工場が立ち並んでいましたが

こちら側は 住宅開発地として ビルやマンションがどんどん増えていました。

 

私の家は 開発の最初の頃に建てられたと 思われる 少し古めの10階建ビルの3階。

3DKに5人で ギュウギュウに暮らしていました。

 

玄関を入ると すぐにダイニングキッチン

キッチンの奥に1部屋

そこは ウメばあちゃんのお部屋です。

 

キッチンの隣りに2部屋め

そこには、私と姉の勉強机とテレビも置いてあり…

リビング 兼 勉強部屋でした。

 

その部屋の奥に3部屋め

主には 寝室ですが、

そこに父母姉私の4人の布団は引けなかったので

姉は リビング 兼 勉強部屋に 布団を引いて寝ていました。

 

昔の作りの家なので

四角形な間取りでした。

プライバシーとかは 全く考えて 作られていず

部屋の仕切りがないため

母が アコーディオンカーテンをつけて 部屋を仕切っていました。

 

そのビルの1階と2階は 住居ではなく

店舗や会社の事務所が入っていました。

 

そのせいか、家には よくゴキブリが出ました。

私は ゴキブリが 大嫌い!

殆どの人は嫌いですよね!

 

一度 大事件が起きたことがありました。

 

母が 「ここ…絶対あやしい」

指さしたのは、冷蔵庫でした。

 

皆で協力して 冷蔵庫を 動かしたとたん…

 

何十匹もの 赤ちゃんゴキたちが

うじゃうじゃと 出てきたのです。

 

ギャー!!

小学生の私は 何もできず 叫びながら

ダイニングテーブルの上に 飛び乗りました。

 

母は ビール瓶に水を入れて

割り箸で 赤ちゃんゴキを 掴んでは

そのビール瓶に 入れて…

 

「ちょっと ママ〜、早くしないと どっか行っちゃうよ!そっちそっち!」

私は ダイニングテーブルの上から 声だけで参戦。

 

そのとき…

強者のウメばあちゃん登場。

「ママ、そんなんじゃダメだねー!」と

いきなり 素足で 赤ちゃんゴキたちを 踏みつぶし始めたのです。

 

もはや 赤ちゃんゴキたち

為すすべなく

一網打尽…

 

あ然…

「ウメばあちゃん すげー!怖ー!」

尊敬と恐怖の 入り混じった感情を

40年経った 今でも 忘れることが できません 笑

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