蒼井波恵の人生イロイロブログ

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母を自宅で看取ったこと15

父のこと

 

ウメばあちゃんが自由人だったので

父は 苦労人でした。

ウメばあちゃんは大正生まれでしたが、

その時代にはめずらしく バツイチでした。

 

ウメばあちゃんは 女でひとつで

3人の子どもを 育てたので 

きっと 生活も 大変だったことでしょう。

 

母が 父のもとに 嫁いだとき

ウメばあちゃん と 父と 父の妹が 他人のおじさんの家で暮らしていました。

母も その家で一緒に 暮らしはじめたそうです。

よくそんなとこ嫁ぐな〜 笑

 

その後 私たち家族が その工業地帯の新興住宅に引っ越すことになったときに

ウメばあちゃんも 一緒に住んでいた おじさんに 追い出されてしまったそうです。

 

「あんた達の世話にはならない!」と

さんざん悪態をついてきた ウメばあちゃんでしたが、ちゃっかりと 私たち家族に ついて来たのです。

でも 家では 誰よりも ウメばあちゃんが威張ってましたけど…

 

ウメばあちゃん曰く

父は小さい頃から ものすごく頭がよくて

スポーツも抜群にできた子だったと。

つまり 自慢の息子だったようです。

 

でも、ウメばあちゃんの自慢の息子の父は 家にいるときは いつも ほぼ酔っ払いでした。

私は 今でも お酒をのんでいないシラフの父を 思いだすことが できないくらいです。

 

あ、シラフの父の思い出が ひとつだけ あります。

 

わたしが小学生の頃…

夏の暑い日の夕方に

会社から 少し早めに 帰ってくると

「おい、波恵行くぞ」

と言って海パンに着替えるので…

私も慌てて スクール水着に着替えます。

 

小学生の私にとって

父は 怖い存在だったので、

行くぞと言われて、逆らう訳にはいきません。

 

家の近所に 市営プールがありました。

二人で 水着のまま 閉門間近に 滑り込み

ガラガラのプールで 泳ぎまくるのです。

 

父の教育方針は

「生き抜くために 必要なことを…」

だったので…

 

海難事故に合ったときに 生き抜くには、

クロールでは無理、平泳ぎだ!

と、メチャクチャ平泳ぎを させられました。

 

おかげで クロールは 全然泳げないのですが、

平泳ぎは いつも小学校の代表選手に 選ばれるほどの腕前?でした。

 

市営プールを 追い出されるまで 泳ぎまくり

二人で ビチャビチャの体のまま

家に帰る頃には 一番星が 光っていました。

 

家に帰ると いつも決まって

母が あったかい お風呂を 沸かしてくれていました。

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父の会社は その後 まもなく倒産しました。

まだ 小学生だった私は、その時には 何も知らされませんでしたが、

よく物思いにふけり、

何かを考えている父と母の姿を見て 

何か よくないことが 起きている予感は していました。

 

父は一度は 自分が社長として、潰れかけた会社を立て直そうと していたようでした。

 

でも母にも反対され、最終的には 学生時代の伝手を頼りに 違う会社に就職する道をえらびました。

 

学生時代の伝手というのは、

自分の 後輩の会社で 働くことでした。

後輩の下で働くことは きっと 父にとって 本意ではなかったと思いますが、

今思うと…

私たち家族のために 冒険をするのを諦め、

安定した会社員になるという選択をしてくれたのだと思います。

 

ウメばあちゃんが自慢するだけのことはあり、

父はとても負けず嫌いで、努力を惜しまない人でした。

家庭のことは、母に任せっきりで 全く かえりみない父でしたが、

きっと仕事は バリバリこなしてくれていたのでしょう。

 

会社もどんどん大きくなっていき

非上場だった その会社は、現在では一部上場企業になっています。

 

父は 取締役になり、亡くなる1年前まで その会社に勤めていました。

 

でも いつも酔っ払いの パワハラ親父でした。

(特に必要ない一文ですね 笑)

 

私たちの生活も 劇的に好転しました。

幼い頃には、白米も食べられないような貧乏生活をしていましたが…

いえいえ、ウメばあちゃんのことを考えたら 

住むところも なかった家族でしたが

私が 高校生の時には、今の実家 4LDKのマンションに引っ越して 、

人並みに 生活が できるようになり

短大にも通わせて貰えました。

 

母は 自分の人生を ほぼ父と子どもに 捧げて…

私は、そんな母を見て 母みたいになりたくないと 思った 生意気な時期もありました。

 

でも、今は

そんな母の人生も…

たくさん泣いて

たくさん苦労して

たくさん笑って

尊敬できるステキな人生だったのかな と…

 

ねぇ、ママ…どうでしたか!?