蒼井波恵の人生イロイロブログ

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母を自宅で看取ったこと21

死ぬのは怖くない…2

体調が悪かったのにも関わらず、父は 70歳まで 働いていました。

 

若い頃は 「俺は とっとと引退して、ゴルフ三昧の生活を 送るんだ」と 言っていたのですが、

 

蓋を開ければ…

 

ギリギリまで働いていて

71歳に なることが出来ずに、亡くなりました。

 

ほぼ生涯 現役ですね。

 

人それぞれ 考え方は 違うと思いますが、

2000万円 年金問題 も取りだ出されている中

お金の心配を しながら 長生きするよりも、

いっぱい稼いで、お金の心配なく あっという間に 死んでいった

父の生き方を 羨ましく 誇りに思います。

 

父の最後の仕事は 株主総会 でした。

 

いつも この時期になると、

父は カリカリしていました。

 

詳しいことは よく分かりませんが、

当時は 総会屋対策等が 大変だったようです。

今も そうかも 知れませんね。

 

最後の株主総会の前に 

家で 台本を読む 練習を していました。

 

何年も 取締役として、総会の担当をしていたと思いますが、

こんなことを している父を 見たのは 初めてでした。

 

少し ロレツが回らなくなっている様子で

何度も 発音の 練習を していました。

 

ハタで見ている 私でも

本当に もう 働くのは 限界なんだなと

感じた瞬間でした。

 

私は 悲しい気持ちを 抑えながら

「パパ 長い間 お疲れさまでした」

と 心の中で 言いました。

 

気恥ずかしくて、ちゃんと声に出して 言うことは できませんでした。

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引退してからも 父は入退院を 繰り返しながら

それでも お酒を やめませんでした。

 

アルコール中毒ですね…

 

そんな父を 見ながら、

 

「いいのよ。パパのしたいように生きれば。

言っても 聞かないもの」

 

母は お酒を やめさせようとは していませんでした。

 

いよいよ 父の 体力も限界に きているなと感じたのも…

 

お酒を飲もうとしている父が 一升瓶が持ち上がらず

コップに 注ぐことか 出来なくて 困っているのを 見たときでした。

 

私は「何やってんの」と言いながら

一升瓶の底の部分を 支えて、

コップに つぐ介助を しました。

 

こんなことを 介助する家族なんて 普通いないよって 思いながら 

鼻の奥が ツーンとして

溢れ出そうな涙を 一生懸命こらえました。

 

 

そんな状態が続いていたある時、父が

「あー、そろそろ 俺も 年貢の納め時 だな。

 家計のことは ママに任せっきりだったけど

俺が 死んでも 金は大丈夫なのか?」

 

と 母に問いかけていた ことが ありました。

 

「大丈夫よ。10年たったら 迎えに来てちょうだい」と 母が 答えているのを 

私は ぼんやりと 聞いていました。

 

 

そのあと そんなことは すっかり忘れていたのですが

母が 亡くなるなる ちょうど1年くらい前

 

それまで元気だった母が

転んで 腰を骨折してしまい

寝たきりの日々が続いていた時期がありました。

 

老人の介護状態に なる原因で 一番多いのは、

脳血管疾患

次に 認知症  高齢による衰弱

そして転倒・骨折 と続きます。

 

このままでは どんどん衰弱してしまうのではないか と不安になった時

 

ふと この父と母の会話を 思い出しました。

 

とっさに 父が 亡くなってからの年数を 数えると

11年めに 入っていました。

 

不安が 募るばかりです。

嫌な予感ばかりが 頭を よぎりました。

 

仏壇に 手を合わせて

「どうかまだ ママを 連れて行かないで下さい。

私は まだ ママが いてくれないと 困るんです」

と お願いしました。

 

でも 母は、そのあとも

あまり体調が すぐれない様子で、

いつも「 腰が痛い」と 言っていました。

 

食欲も なくなっていき、痩せてしまいました。

 

胃がムカムカすると言って、

よく 胃薬を 飲んでいました。

 

今思えば、それは すべて すい臓ガン のせいだったのかも知れません。

 

腰が痛いので、整形外科に 通ったり

近所の診療所で 胃薬を もらったりしていましたが

何故 大きな病院へ 検査に連れて行かなかったのだろう…

 

姉と 二人で 母が亡くなったあと 

さんざん 悔やみました。

こういうことを 後悔先に立たず と言うのです。

 

 

父は 約束を 少しだけ伸ばして

母を 迎えに来てしまったのですね。

 

そして あの時 母も

父の迎えを待っていたのかも しれません。

「死ぬのは怖くない」って言いながら…