蒼井波恵の人生イロイロブログ

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母を自宅で看取ったこと24

危篤

2018年5月10日 朝

毎日 定期的に行うバイタルを 測ると

血圧が低下して 脈が乱れはじめました。

 

そのうちに 血圧計や血中酸素を 測る機械では

測定不能と 表示されるように なりました。

 

私の問いかけにも 反応しなくなりました。

 

とうとう 恐れていた時が やってきてしまった。

 

そう思う 気持ちと

 

母を 早く 苦しみから 解放させてあげたいという気持ちが 入り混じっていました。

 

いえ、きれいごとだと そうなですが

 

本当は 自分の体力も いっぱい いっぱい だったのです。

 

母は 家に 帰ってからというもの

夜も 数時間おきに 目を覚まし 吐き気を訴えていました。

 

介護用ベッドだったので

電動で体を起こすことが 出来たのですが、

 

「起こして」と手を差し伸べられれば

とっさに 体を 支えて 起こしてあげてしまいます。

 

寝不足で 体がだるくなっている上

腰も肩も パンパンになっていました。

 

私も姉も 疲れが溜まってきていました。

 

母が こんなに苦しんでいるのに

疲れた…辛いな…

と思ってしまう 自分もいて

 

そう思う自分が 人でなし のように感じて

罪悪感で いっぱいになりました。

 

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とにかく すぐに 孫たちを 会社や学校から 呼び戻しました。

 

みんな 母の最期を 看取るために

飛んで 帰ってきました。

 

 

今日のお当番だった 看護師の大林さんにも 連絡しました。

 

大林さんと 岡田さんが 2人揃って 駆けつけてくれました。

 

大林さんが 母に 名前を呼びかけると

 

ん…?

 

「いつもお世話になって すみません」

 

母が 小さな声で 返事をしました。

 

もう ダメだと集まった一同は 顔を見合わせてキョトン!

 

さっきまで 私たちは

みんなで 母の手を握り

「ママ、ありがとう。パパの ところへ行くんだよ!」

と 号泣しながら 最期のお別れを していたのですが…

 

不謹慎とは 思いつつ

可笑しさをこらえきれず

大笑いしてしまいました。

 

ウメばあちゃんの時も 父の時も

駆けつけた時には 間に合わず 亡くなっていたので、亡くなる瞬間の様子が よく分かりませんでした。

 

 

大林さんと岡田さんが 

「みんな そうよ。分からないわよ。

分からないから 何度も 最期のお別れしちゃうものよ」

 

そう言って 頂けると

ちょっと ホッとしました。

 

きっと母は 

「うるさいわね!まだ 死なないわよ」

と 思いながら

返事するのも 面倒になっていたことでしょう。

 

とは言え 

 

大林さんは

「今は まだ大丈夫だけど、いつ どうなっても おかしくない 状態。

何かあったら、遠慮しないで 

いつでも 連絡してね」

 

と 言って、帰られました。